業務委託契約書は「読まずにサインする」人が多い書類ですが、揉めたときに効いてくるのは契約書の文言だけです。この記事では、フリーランスが契約前に確認すべき 12 項目と、避けるべき条項、そして 2024 年 11 月に施行されたフリーランス新法で発注側に何が義務づけられたかをまとめました。契約書がない取引をどうするかにも触れます。
まず知っておく: フリーランス新法で発注側に課された義務
2024 年 11 月 1 日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称フリーランス新法)が施行されました。従業員を使わずに働くフリーランス(特定受託事業者)に業務を委託する側に、次の義務が課されています。
| 義務 | 内容 | 対象となる発注者 |
|---|---|---|
| 取引条件の明示 | 業務内容・報酬額・支払期日などを書面またはメール等の電磁的方法で明示する | すべての発注者(個人の発注者も含む) |
| 60 日以内の支払い | 成果物を受け取った日から 60 日以内のできるだけ早い日に報酬を支払う | 従業員を使用する発注者 |
| 禁止行為 | 受領拒否・報酬の減額・返品・買いたたき・購入や利用の強制・不当な経済上の利益の提供要請・不当なやり直し | 1 か月以上の継続的な業務委託 |
| 募集情報の的確表示 | 募集時に虚偽や誤解を与える表示をしない | すべての発注者 |
| 中途解除の予告 | 契約を途中で解除・不更新する場合は 30 日前までに予告する | 6 か月以上の継続的な業務委託 |
| 育児介護への配慮・ハラスメント対策 | 申出に応じた配慮、相談体制の整備 | 従業員を使用する発注者(配慮は 6 か月以上の委託) |
明示が必要な項目は、発注者と受注者の名称、業務委託をした日、業務の内容、成果物の納入日または役務の提供日、納入場所、検査をする場合はその完了日、報酬の額、支払期日、支払方法です。発注側が契約書を作らなくても、メールやチャットでこれらを明示する義務があります。逆に言えば、口頭だけの発注は法律違反なので、「条件をメールでいただけますか」と求めるのは当然の権利です。
違反があったときの相談先: フリーランス・トラブル110番(厚生労働省の委託事業、弁護士に無料で相談できる)。発注者の違反は公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省に申出ができ、申出を理由とした不利益な取扱いは禁止されています。
契約前に確認する 12 項目
1. 業務の範囲(何をどこまでやるか)
成果物と作業範囲を具体的に書きます。「Web サイト制作一式」ではなく「トップページ+下層 5 ページのデザインとコーディング、CMS 設定を含む、原稿と写真は発注者が用意」のように、含むものと含まないものを両方書きます。範囲外の作業が発生したときの扱い(別途見積)も一文入れておきます。
2. 報酬額と消費税・源泉徴収の扱い
金額が税抜か税込か、源泉徴収の対象になる業務か(デザイン・原稿・講演などは対象)を明記します。振込手数料をどちらが負担するかも書きます。時間単価制の場合は単価と上限時間、稼働報告の方法を決めます。
3. 支払期日と支払方法
「納品月の翌月末払い」など締め日と支払日を具体的に書きます。フリーランス新法では受領から 60 日以内が上限です。長期案件や初取引では、着手金(30〜50%)と中間金を設定できないか交渉します。
4. 納期と検収(受け入れ確認)
納品後、発注者がいつまでに確認するかを決めます。「納品後 7 営業日以内に異議がなければ検収完了とみなす」というみなし検収の条項があると、放置されて支払いが遅れる事態を防げます。検収基準(何をもって完成とするか)も書きます。
5. 修正の回数と範囲
「修正は 2 回まで。3 回目以降や方針変更を伴う修正は別途見積」のように回数と範囲を決めます。無制限の修正条項は、実質的に報酬の減額と同じです。
6. 著作権・知的財産権
成果物の著作権を「譲渡」するのか「利用許諾」にとどめるのかを確認します。譲渡する場合、著作権法 27 条・28 条(翻案権・二次的著作物の利用権)も含むか、著作者人格権を行使しない特約があるかを見ます。譲渡自体は一般的ですが、自分の実績として公開できる権利(ポートフォリオ掲載)は確保しておきます。自分が以前から持っているテンプレートやライブラリは譲渡対象から外します。
7. 秘密保持
秘密情報の範囲と期間が妥当かを確認します。「一切の情報を永久に」のような条項は、実績公開や次の仕事に支障が出ます。公知の情報や自分が独自に得た情報は除外されているかを見ます。
8. 契約期間と解約
継続案件は期間、自動更新の有無、解約の予告期間(通常 1 か月)を確認します。発注者だけが即時解約できる片務的な条項は対等に直してもらいます。途中解約のときに、それまでの作業分の報酬が支払われることを明記します。
9. 損害賠償の上限
個人で無制限の損害賠償を負うのは危険です。「損害賠償は本契約の報酬額を上限とする」「故意または重過失の場合を除く」といった上限条項を入れてもらいます。間接損害・逸失利益を除外する条項も一般的です。
10. 再委託の可否
一部を外注する可能性があるなら、再委託が禁止されていないか確認します。禁止されている場合は「事前の書面承諾があれば可」に変えてもらいます。
11. 競業避止
「契約期間中および終了後 1 年間、同業他社の業務を受けない」といった条項は、フリーランスには生計に関わります。業種全体ではなく「直接競合する特定の製品・サービスに限る」「期間は契約中のみ」など、範囲を限定してもらいます。
12. 指揮命令の有無(偽装請負にならないか)
「発注者の指示に従い、指定の時間・場所で業務を行う」といった条項は、実態が雇用(偽装請負)と判断されるリスクがあります。業務委託は成果物や役務に対する契約であり、作業時間や方法は受注者が決めるのが原則です。常駐型でも、作業の進め方の裁量が自分にあることを確認します。
よくある危険な条項
| 条項の例 | 何が問題か | 直し方 |
|---|---|---|
| 「乙は甲の指示に従い業務を行う」 | 偽装請負・従属関係とみなされる | 「甲の要望を踏まえ、乙の裁量で業務を行う」 |
| 「修正は完成まで無償で行う」 | 無制限の修正で報酬が実質減額 | 回数と範囲を明記、超過分は別途見積 |
| 「検収完了後に支払う」(期限なし) | 検収を放置されると永久に支払われない | みなし検収(納品後 ○ 営業日)を追加 |
| 「一切の損害を賠償する」 | 個人が負えない無制限責任 | 報酬額を上限、故意・重過失を除く |
| 「成果物の一切の権利を譲渡し、著作者人格権を行使しない」 | 実績公開もできなくなる | ポートフォリオ掲載の許諾、既存素材の除外 |
| 「甲はいつでも本契約を解除できる」 | 片務的な解約権 | 双方 1 か月前予告、作業済み分の報酬支払い |
| 「契約終了後 3 年間、同業の業務を行わない」 | 広すぎる競業避止 | 特定の競合に限定、期間は契約中のみ |
契約書がない取引はどうする?
- 契約書がなくても、メールやチャットで「業務内容・報酬・納期・支払期日」を確認して残す。フリーランス新法では発注側に明示義務があるので、求めてよい
- 見積書に条件(範囲・修正回数・支払期日・著作権の扱い)を書き、発注者の承諾を文面で受け取る。見積書+承諾メールは契約の証拠になる
- 継続案件や金額が大きい案件は、自分の側から基本契約書のひな形を提示する。発注者側の書式は発注者に有利に書かれていることが多い
- 合意内容は案件ごとに記録し、請求時に見積・契約と突き合わせる
よくある質問
契約書に印紙は必要?
請負契約(成果物を納品する契約)の紙の契約書は印紙税の対象です(契約金額 1 万円以上で 200 円〜)。準委任契約(役務の提供)は対象外です。電子契約(PDF に電子署名)なら請負でも印紙は不要なので、電子契約を提案するのが合理的です。
発注者が個人(従業員なし)の場合も新法の対象?
取引条件の明示義務はすべての発注者に適用されます。60 日以内の支払いや禁止行為の規定は「従業員を使用する発注者」が対象なので、個人の発注者には適用されません。個人間の取引ほど、見積書と承諾メールで条件を残すことが大切です。
契約書を自分で作るときのひな形は?
公正取引委員会・厚生労働省のフリーランス新法の特設ページに、明示事項を満たす書式例があります。業界団体(デザイン・ライティング・IT 系)が公開している業務委託契約書のひな形も参考になります。自分の業種の実務に合わせて、修正回数・著作権・損害賠償の上限を必ず入れてください。
まとめ
- 発注側には書面明示・60 日以内の支払い・禁止行為の規定がある。条件の明示は求めてよい
- 確認する 12 項目は、範囲・報酬・支払期日・検収・修正・著作権・秘密保持・期間と解約・損害賠償・再委託・競業避止・指揮命令
- 無制限の修正・無期限の検収・無制限の賠償・広い競業避止・片務的な解約は直してもらう
- 契約書がないなら、見積書と承諾メールで条件を残す
見積書・納品書・請求書テンプレート(Excel)
見積書の備考欄に「修正回数・支払期日・著作権の扱い」を書いて提示し、承諾を文面で受け取る運用に。設定シートの情報が 3 帳票に自動反映、インボイス対応。
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